ラオスの風・・ 南の国のミュージアム

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ブログ 引っ越しました

ラオスに来て早半年!

気分一新・・ブログも下記に引越しまして改めて自分の与えられた任務に入魂し一段の活動の幅を広げてみよう決意しています。

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引き続きご愛顧・ご鞭撻下さい。
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# by czb12447 | 2011-06-19 02:03 | 記録

写真とネガの保存

ルアンプラバンでは国立博物の写真とネガの整理保存を中心に仕事をしているのですが、いってみれば王室アルバムの担当という事です。整理を始めて一体何が何枚あるかすら全く未整理なのでわかりません
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もちろん写真がもっとも多く、次いでネガフィルム、ガラス原版、レコード、ポストカード、切手等々なのですが、まずはネガフィルムを手始めに透明ビニールに時代順に整理しバインダー式のアーカイバルファイルを作りました。

このアルバム、ビニールファイルはボランティアで見えていたオーストラリアの国立博物館のカメラマン、ジョージ・セラ氏に頼んで送ってもらいました。写真本体用のボックスはJICAに依頼するつもりです。いずれにせよ予算のないここでは諸外国の援助に頼るしかないようです。

一部のフィルムは悲惨な状態でした。40年以上の前のフィルムを裸のまま重ねて紙で包んであったような状態だったので互いの面がしっかりくっついてしまい無理にはがせば写真まではがれてしまいます。

お湯に漬けたり、中性洗剤に漬けたりいろいろ試してみたのですが、薄めたアルコール液がもっともよかったようで、なんとか分離に成功しました。しかし、この時代のカラーフィルムはダメですね。

赤く変色し画像も薄れたぶん使い物にならないでしょう。本当にデジカメの時代になって良かったと思います。ただ、保存がよければモノクロフィルムは立派なものです。ほとんど劣化せず40数年の歴史を刻んでいるものもあります。

今日はすべてのアルバムをファイル化して正確に一枚一枚のフィルム数を数えたところ8,057枚ありました。事前にあてずっぽうでみんなに予想数を聞いたところ1万8千から3万という事なので誰も当たりませんでした。
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当然、フィルムはきちんと残っていないので現存の写真はこの数倍は軽くあります。

ともあれ、課題の一つネガ・フィルムの整理を一段落することができて次の写真の整理に進めそうです。記念に撮った写真です。

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# by czb12447 | 2011-06-06 22:38 | 国立王宮博物館

ラオス 植樹の日

昨日、帰りがけに同僚のノイが「明日は木を植えるので汚れてもいい格好で来て下さい。」と言っていたので何の事かなと思って出勤したら、大勢で木を植えていた。
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聞けばラオスでは6月1日が全国植樹の日(National Tree-Planting Day)、子供の日(Children's Day)となっていてこの日を中心に木を植えるんだそうだ。博物館は前日の今日が休館日のため行ったが、毎年この日に近い休館日に植樹をしている。

研修中の学生5人も加わって総勢30人ほどでヤシや小灌木の苗など100本以上植えた。植える場所には事欠かない宮殿の庭園なので、バランスのいいように間隔を空けて植えまくった。
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写真を撮ったり、庭になっているマンゴーを棒を投げて取って食べたり遊びながらの作業のようだが、人数も多いせいかことのほかはかどった感じがする。ラオスにしては・・・

せっかくなので自分で植えた木には目立たないように記念にネームを付けさせていただく事とする。何年か後にここを訪れたとき「この木はオジイさんが2011年に博物館にボランティアで来ていた時植えた木じゃ・・」といえるように。
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# by czb12447 | 2011-06-01 00:47 | 国立王宮博物館

ノンキャオ~ムアンゴイ メコン、ナムウーを上る 3

ゲストハウスに戻って大至急シャワーを浴び、泥が残り無残にもぱっくり空いた傷口を洗いタオルを巻いてボート乗り場に着いたのが出発の10分前だった。昨日持って着たパンを齧って朝食とし、しばしの船旅。帰りの船は一艘では乗り切れず小型の2艘目のボートも用意されたので、予約なくても問題はないんだなと思っていた。

そして下りの船は一時間かからずノンキヤオに到着、早速切符売り場に並びルアンプラバン行きを頼むとすでに満席だという。「それはないよ」と思いつつその横では「バス乗り場行き、こちらですよ」と呼び込みをやっている。見れば船の中で「船のほうが涼しくて揺れなくて絶対いいわね」と話していたボローニャからやってきたイタリア娘も乗り込んできた。

ミニバスで4時間、400円(南バス乗り場までのため)、船だと5,6時間1,300円、今日の場合怪我をしているし、早く戻って治療せねばと納得してというより選択肢もなくバスに乗り込む。このバスは乗り場までのバスで一人50円。

再度、乗り場で切符を買って乗り込むとすぐに出発した。それはいいが、来たとき9人だった同じサイズのバスに数えてみると14人乗っている。そのうち3人が地元の子供だったが、見知らぬ外国人と二人掛けにさせられかなり窮屈の様子だった。

*イタリアや中央アフリカ、フランスに ラオの子も乗る ノンキャオのバス 

帰りは同じ景色ということもあり、ぼんやり景色を眺めているうちにノンストップでバスはルアンプラバンに到着。

予定より2時間早く自宅に帰ったので傷口を消毒し、少し休むことに・・・このくらい放っておけば治るだろうと暢気に構えていたら、隣のラオス人のミーと妻が買い物から帰り傷を見せることに。

「これは大けがよ、すぐ県立病院で縫ってもらわなくてはだめ」、と言っているらしい。ラオ語だが身振り手振りで力説するのでよく伝わる。が、手術とかはJICAの指定病院ですることになっているので、県立病院に来ている同期のS看護師に電話した。彼女がちょうど近くのシニアボランティアのお宅に来ていたので、ものの5,6分で駆けつけてきてくれた。

*心配は 嬉しいけれども この地では 少しの事が 大ごとになる

「やっぱり、地元の病院では心配だと思う。青木健康管理員に聞いてあげる」と言ってその場で電話。「縫合は指定医でやってください。今からビエンチャンに来られますか。最終の5時40分のフライトがあります」・・・これは大変なことになったぞ。この時点で4時過ぎ本来ならボートがルアンプラバンに到着する時刻だ。

お隣のミーが早速、夫を呼びにそして兄のところから立派な乗用車を借りてきて「さあ、乗ってください。すぐ飛行場に行きましょう」と言っているらしい。取るものもとりあえず、「もしかしたら、タイの病院に回されるかも知れないので、パスポートも忘れないで・・」とSさん。おいおいそんなこともあるのかよ。

空港までミーの息子まで家族ぐるみで乗って送ってきてくれた。ほんとうにラオス人は親切だ。家族ぐるみで慣れない国で暮らす私たち日本人の世話を焼いてくれる。頭が下がる思いだ。言葉の壁を越えて人間と人間の付き合いができること親切心が心から嬉しく感謝の思いでいっぱいだ。

*言葉超え 伝え合うもの 思いやり パサラオ ニープン ラオスに住んで

とてもスムーズに空港に着いて、残席があったので席もすぐとれて決まってから一時間もたたないうちに機上の人となったのである。

「おー、ツーレート!縫えませんね」ビエンチャンのフレンチ・クリニックのベルギー人
のドクターは、24時間以上経っているので縫合は遅すぎるという。翌朝一番で病院に着いたときは24時間以内だった2時間近く待たされたのでというのは屁理屈か。金属製の添え木をして薬をもらってあっけなく終了だった。

*ツーレート 簡単にいうけど こちとらは ムアンゴイから 二日がかりだ 

こうして私の短い2日間の旅は一日伸びて3日間になって終わったのですが、予定外のほうがよほど長距離になってしまった。この旅については人に迷惑をかけて大いに反省しています。

・気持ちだけは自信があっても、体がついていかない場合もあるということ。
・気持ちに余裕を持ち、計画的に進め無理をしないこと。
・対応する装備、特に今回は軍手一つしていれば防げた事故だったこと。
・山登りに手にものを持たないようにすること。リュックや肩掛けカバン。
・雨具、懐中電灯、軍手、滑らない履物、応急手当用具など。

*そんな次第で今回は写真もありません。
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# by czb12447 | 2011-05-28 11:25 | 旅行・観光

ノンキャオ~ムアンゴイ メコン、ナムウーを上る2


翌朝、6時やかましいほどの鶏の鳴き声で目が覚め、窓の外を見れば川向こうに幻想的な世界が広がっている。これを見るだけでもここに来てよかったなと思えるほど。窓の下の川では早い船がエンジンをかけて出かけたり、おじさんが船の上から顔や頭を洗ったりしているのが見える。
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船は9時半出発と聞いていた。選択肢は二つあった。ゆっくりして朝飯を食べに行く。もう一つの洞窟に行く。ここでも生来の好奇心が勝って、もう来ないかもしれない。ネットで見つけたパノイ洞窟が気になってしょうがない。これが二つ目の失敗。
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村が最近開発して道を整備し売り出そうとしているこの洞窟の情報は少なく、昨日の洞窟に懲りて甘く見ていた。昨夜のずぶぬれでズボンは乾いておらずパジャマに持ってきた薄いズボンをはいて、散歩のつもりでカメラ持っただけの軽装で行ったことがこれまた後悔・・・

ぬれた靴で少々気持ち悪いが、二度と来ないだろう別の洞窟も見てやろうと
看板をたどって村の北の山に向かう・・確かに山のふもとまで10分、そこから山に登って穴まで10分となっている。これも私の足では5,6分でふもとの小屋まで到着、8時台からもうおじいさんと孫のような子供がいて10,000K払って懐中電灯貸してくれる。あわてていてランプすら忘れて、携帯のランプでいいやと思っていたのでおお助かり。
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*雨上がり 朝すがしくも 森歩く ナムウー見下ろす 洞窟(あな)への道
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さて、そこから、山道というより崖道を木の手すりを伝わりながら、息を切らせて、5,6分上る。するとCave1,Cave2・・二つに分かれている。「え、2つもあるの・・聞いてない」と思いつつまず1から。そっちはまだ普通で穴もそこそこ深く天上も高く山の中腹にぽっかり口を開けている。

さて、2はそこからさらに数十メートルの山登り、はしごを登り、手すりを伝いながら進むと入口は、岩が崩れて大人一人がやっと通れるような入口だ。この時点で8時半を回っていた。大したことはないだろうと入りだし、進むとなかなか行き止まりがない。しかも平地だけでなく岩を超えたり下りたり・・まがりくねったり・・・

体感で100メートルほど進んだだろうか、奥を照らすとまだまだ続いているようだ。灯りを消してみた。ほかに誰もいない、異国の山奥の村の山中の穴の中で大声を出して叫んでみた。「おーい!」耳を澄ます・・何にも聞こえないはずなのにいろんな音がする。耳鳴りかな・・・デジャブーという言葉が脳裏に浮かぶ。

*声出して 世界の果ての 洞窟で 我叫ぶ時 わが声返る
 
昔もあったな。あれはエジプトのピラミッドだった。ギザのピラミッドでは湿気に懲りて2個目の郊外のピラミッドには誰も入ろうとしなかった。自分ひとり、その中を下りて行って確かいくつかの角を曲がったのだ。そのピラミッドはあいにく照明が故障していた。

そこで迷子になった。真っ暗な闇の中にひとり残されて、もし出られなかったらミイラ取りがミイラになってしまうってこのことか。一瞬のことだったかもしれないし、長い時間のようにも思えたピラミッドの中での恐怖体験はその後、自分中に滓のように沈んでいて時折浮かんでくる。

もし今 地震がきて洞窟の入口が塞がれてしまったら、あの爺さんは助けを呼んで来てくれるだろうか。誰もいない暗闇にひとり残され、あがいている姿を想像するだけで恐怖心がよみがえってくる。すこし怖くなったことと時間が気になってあわてて出口に向かう事とした。


Cave2を出るとまた手作り看板が目に入り「この上、ビューポイント」の矢印。この時点で8時40分、宿に帰り荷物を取って船着き場まで約30分、20分の余裕がある。誘惑に駆られて「登ろう!また来られないのだから」この時の心境はきっと登山家に近いものだったろう。

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*行くべきか 戻るべきかは 幾たびも 人生航路に 付きまといしか

上に行くほどに更に急こう配となりはしごを登ったり、岩を手摺につかまりながら登ったり・・ようやく峰の稜線にでても下界の景色は見えぬ。あきらめて踵を返したその時だ。岩場に足を滑らし体が宙に舞う、カメラを持った左手をかばって右から落ちたその先の尖った岩におもいきり激突・・・

「やってしまった!」右手は親指の付け根がぱっくり割れて鮮血が飛び散る。幸いほかに異状はなさそうだ。持っていたタオルを傷口に巻いて元来た道を一目散、とはいえ不自由な手で手すりを持つのも一苦労。が、9時半の船に乗らないと今日中にこの村を出ることはできない。
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「爺さん ナム、ナム(水)・・」ペットボトルの水をもらいとりあえず水洗いしてGHに急ぐ。

*汗かいて パジャマであわてる ニープンを 村の爺は いかに思いし

                             (つづく)
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# by czb12447 | 2011-05-27 15:08 | 旅行・観光

ラオス・ルアンパバーンの暮らしと国立博物館をレポート


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