ラオスの風・・ 南の国のミュージアム

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カテゴリ:日常( 4 )

言葉

外国で暮らすのに欠かせないのが言葉の問題だ。ビエンチャンから来たシニアボランティアのSさんはなしでは首都では日本人も多く、そのコミュニティにいれば日本語だけでやっていけるという。さすが首都というべきか。

ここルアンプラバンのような日本人の少ない地方都市ではさすがそうはいかない。月に数回は集まったり食事をしたりするが、基本付き合う人はラオス人ばかりだ。出かけるr事の少ない家内?でも朝からセキュリティの少年たちとなんだかんだ日本語を教えながら、ラオ語をしゃべっている。

いつも朝買い物に行くお隣のミーおばさんにはよく一緒にタラートにいったり、娘のトーにも週一で日本語を教えている。つまり私以外はラオス人と話をしているわけだ。

月曜日鈴木調整員が見えて館長とはなしをしたとき、私のラオ語が出来ないのでコミュニケーションに困っているのではないかとおはなししていた。それというのもこれまでの5人の前任のJOCVたちはいずれもラオ語がぺらぺらだったからだ。

もちろん私は英語がターゲット言語で来ているが、昔のJVたちは専攻をラオ語として日本で学んできている。私は2週間首都で学校に行ったきりだ。むろんそんなことは館長は知らない。

だが、雑談に溶け込めないのと、館長もこの頃はラオ語でしか話しかけてくれない。これではやはり困るので今日、例の「ひまわりがっこう」のチャンマニーを訪ねて、来週からラオ語を教えてもらうことになった。

さて、これからどう展開するか・・・帰るころには話せるようになるのか、ならないのか?大見得を切っては見たものの自信はない。その結果はここで時々報告します。

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by czb12447 | 2011-05-18 01:59 | 日常

ルアンプラバンでの日本語熱

ビエンチャンでの日本語熱が下がっているという特集を、ラオスの日本語版フリーペーパー[Taste of Lao]でしていたので心配していた。その割に博物館で教科書を持って教えてくれという人はいる。

昨日は博物館で日本語を学ぶテイが仕事が終わったら日本語を習っているので、覗いてみてほしいという言うので「ひまわりがっこう」にお邪魔した。土曜日の4時から6時のクラスは6人だったが、月曜以外午前午後、夕方、夜もまで何十クラスもあり結構な人数が学んでいる。

先生は女性のチャンマニーさん(27)でご主人は英語の先生。日本には8か月の留学経験と2度の旅行の経験があるという。ビエンチャンのドンドックのLJセンター(日本の援助による日本語学校)にも3年通ったという。

大体3か月で一つのクルーが終わるようで週二回で一クルー合計(150,000K=1,500円
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)の月謝ということだ。ここで日本語を習うにはもう一つ彼女の友人がやっている私塾などいくつかあってそこにいくようだ。

近所のこどもたちに日本語を教えているワイフも見学していると臨時に講師に駆り出され、自己紹介とネイティブな日本語の発音を披露した。

日本人の少ないこの町で、ラオス人によって小さいながらも日本語学校が運営されていることに感動した。名前もチャンマニーさんが自分で付けた、かわいい学校名「ひまわりがっこう」もすべてに手作り感があって優しい彼女の人柄がうかがわれる。
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by czb12447 | 2011-05-08 13:02 | 日常

妻の にほんご教室

ルアンプラバンでは結構日本語熱が盛んで、ゲストハウスの青年、タラートのお兄さん、中には小僧さんまで時々日本語で話かけられます。

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モン族の娘さんが11歳からナイトマーケットでお客さん見つけてれは話かけ、努力だけでにほんごを独学でマスターし、今は旅行代理店でガイドをしている話は書いたかもしれません。

ここでは英語や日本語など外国語ができると将来の就職のチャンスが広がるらしい。観光地のため特にホテル、GH系では英語は必須となっている。王宮の前でたむろしているツクツクの運ちゃんもちゃんと話せる、郊外は無理だが。

先日お隣さんにあいさつしたら、13歳の娘さんがにほんごを習いたいというので、今日から教え始めた。それを見て前のうちの15歳のお嬢さんも習いたいとやってきた。週3回英語も習いに行っているようです。それで、少しビビりながらもワイフが数の数え方から声出して教え始めたところです。

日本人が9人しかいないこの街で奥さんのにほんご教師はとても貴重な存在だろう。
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by czb12447 | 2011-03-27 19:25 | 日常

初めての結婚式

いつも学芸の部屋に来ておシャベルする事務のコンさんの妹が結婚するという事で、ラオスに来て初めて結婚式に招待された。24日なのにもらったのは月曜日の21日、「こんなに急なの」と聞くと「いつもそんなもんだよ」とカウンターパートはいう。「木曜日の11時って、大丈夫なん?」・・・これもラオス式らしい。

11時から式らしいけどそれはそれであって、宴会は延々と深夜まで続くので適当に行ってもいいらしい。10人くらいの博物館の人たちは11時半からの昼休みに行くことにして、一緒に連れっててもらう。自宅の大きな居間では年輩の方が大勢いてパーシが始まっていた。新郎の腕には白い紐がいっぱい。

彼女の家に花婿が来るのがラオス流という事で、姉さんも両親も10人くらい一緒に暮らしている家だ。新婚夫婦の寝室には大きな二人の結婚写真額
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が3枚も飾られている。ベッドの上に正座して記念写真に納まったり、そのあと着替えたり、主役は忙しそうだ。

博物館組は適当に空いているところで車座になりビアラオやラオス料理を頂いた。宴会の本番は夕方なので昼は100人くらいだったが、夜は500人くらい来るんだそうだ。道理で道路まではみ出しておばさんたちは料理の仕込みに大忙し。

ビアラオ2千本くらい、氷の量も半端でない。村あげての一大イベントだ。なんとなく田舎臭くて日本の昔の結婚式にタイムスリップした感じだった。適当にビアラオも頂きながら、1時半の午後の開館にはみんな平気な顔してキップもぎったりしている。みんな強いね。女性はそんなに飲んでいなかったか。
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by czb12447 | 2011-03-25 00:47 | 日常

ラオス・ルアンパバーンの暮らしと国立博物館をレポート


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