ラオスの風・・ 南の国のミュージアム

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カテゴリ:旅行・観光( 4 )

ノンキャオ~ムアンゴイ メコン、ナムウーを上る 3

ゲストハウスに戻って大至急シャワーを浴び、泥が残り無残にもぱっくり空いた傷口を洗いタオルを巻いてボート乗り場に着いたのが出発の10分前だった。昨日持って着たパンを齧って朝食とし、しばしの船旅。帰りの船は一艘では乗り切れず小型の2艘目のボートも用意されたので、予約なくても問題はないんだなと思っていた。

そして下りの船は一時間かからずノンキヤオに到着、早速切符売り場に並びルアンプラバン行きを頼むとすでに満席だという。「それはないよ」と思いつつその横では「バス乗り場行き、こちらですよ」と呼び込みをやっている。見れば船の中で「船のほうが涼しくて揺れなくて絶対いいわね」と話していたボローニャからやってきたイタリア娘も乗り込んできた。

ミニバスで4時間、400円(南バス乗り場までのため)、船だと5,6時間1,300円、今日の場合怪我をしているし、早く戻って治療せねばと納得してというより選択肢もなくバスに乗り込む。このバスは乗り場までのバスで一人50円。

再度、乗り場で切符を買って乗り込むとすぐに出発した。それはいいが、来たとき9人だった同じサイズのバスに数えてみると14人乗っている。そのうち3人が地元の子供だったが、見知らぬ外国人と二人掛けにさせられかなり窮屈の様子だった。

*イタリアや中央アフリカ、フランスに ラオの子も乗る ノンキャオのバス 

帰りは同じ景色ということもあり、ぼんやり景色を眺めているうちにノンストップでバスはルアンプラバンに到着。

予定より2時間早く自宅に帰ったので傷口を消毒し、少し休むことに・・・このくらい放っておけば治るだろうと暢気に構えていたら、隣のラオス人のミーと妻が買い物から帰り傷を見せることに。

「これは大けがよ、すぐ県立病院で縫ってもらわなくてはだめ」、と言っているらしい。ラオ語だが身振り手振りで力説するのでよく伝わる。が、手術とかはJICAの指定病院ですることになっているので、県立病院に来ている同期のS看護師に電話した。彼女がちょうど近くのシニアボランティアのお宅に来ていたので、ものの5,6分で駆けつけてきてくれた。

*心配は 嬉しいけれども この地では 少しの事が 大ごとになる

「やっぱり、地元の病院では心配だと思う。青木健康管理員に聞いてあげる」と言ってその場で電話。「縫合は指定医でやってください。今からビエンチャンに来られますか。最終の5時40分のフライトがあります」・・・これは大変なことになったぞ。この時点で4時過ぎ本来ならボートがルアンプラバンに到着する時刻だ。

お隣のミーが早速、夫を呼びにそして兄のところから立派な乗用車を借りてきて「さあ、乗ってください。すぐ飛行場に行きましょう」と言っているらしい。取るものもとりあえず、「もしかしたら、タイの病院に回されるかも知れないので、パスポートも忘れないで・・」とSさん。おいおいそんなこともあるのかよ。

空港までミーの息子まで家族ぐるみで乗って送ってきてくれた。ほんとうにラオス人は親切だ。家族ぐるみで慣れない国で暮らす私たち日本人の世話を焼いてくれる。頭が下がる思いだ。言葉の壁を越えて人間と人間の付き合いができること親切心が心から嬉しく感謝の思いでいっぱいだ。

*言葉超え 伝え合うもの 思いやり パサラオ ニープン ラオスに住んで

とてもスムーズに空港に着いて、残席があったので席もすぐとれて決まってから一時間もたたないうちに機上の人となったのである。

「おー、ツーレート!縫えませんね」ビエンチャンのフレンチ・クリニックのベルギー人
のドクターは、24時間以上経っているので縫合は遅すぎるという。翌朝一番で病院に着いたときは24時間以内だった2時間近く待たされたのでというのは屁理屈か。金属製の添え木をして薬をもらってあっけなく終了だった。

*ツーレート 簡単にいうけど こちとらは ムアンゴイから 二日がかりだ 

こうして私の短い2日間の旅は一日伸びて3日間になって終わったのですが、予定外のほうがよほど長距離になってしまった。この旅については人に迷惑をかけて大いに反省しています。

・気持ちだけは自信があっても、体がついていかない場合もあるということ。
・気持ちに余裕を持ち、計画的に進め無理をしないこと。
・対応する装備、特に今回は軍手一つしていれば防げた事故だったこと。
・山登りに手にものを持たないようにすること。リュックや肩掛けカバン。
・雨具、懐中電灯、軍手、滑らない履物、応急手当用具など。

*そんな次第で今回は写真もありません。
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by czb12447 | 2011-05-28 11:25 | 旅行・観光

ノンキャオ~ムアンゴイ メコン、ナムウーを上る2


翌朝、6時やかましいほどの鶏の鳴き声で目が覚め、窓の外を見れば川向こうに幻想的な世界が広がっている。これを見るだけでもここに来てよかったなと思えるほど。窓の下の川では早い船がエンジンをかけて出かけたり、おじさんが船の上から顔や頭を洗ったりしているのが見える。
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船は9時半出発と聞いていた。選択肢は二つあった。ゆっくりして朝飯を食べに行く。もう一つの洞窟に行く。ここでも生来の好奇心が勝って、もう来ないかもしれない。ネットで見つけたパノイ洞窟が気になってしょうがない。これが二つ目の失敗。
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村が最近開発して道を整備し売り出そうとしているこの洞窟の情報は少なく、昨日の洞窟に懲りて甘く見ていた。昨夜のずぶぬれでズボンは乾いておらずパジャマに持ってきた薄いズボンをはいて、散歩のつもりでカメラ持っただけの軽装で行ったことがこれまた後悔・・・

ぬれた靴で少々気持ち悪いが、二度と来ないだろう別の洞窟も見てやろうと
看板をたどって村の北の山に向かう・・確かに山のふもとまで10分、そこから山に登って穴まで10分となっている。これも私の足では5,6分でふもとの小屋まで到着、8時台からもうおじいさんと孫のような子供がいて10,000K払って懐中電灯貸してくれる。あわてていてランプすら忘れて、携帯のランプでいいやと思っていたのでおお助かり。
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*雨上がり 朝すがしくも 森歩く ナムウー見下ろす 洞窟(あな)への道
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さて、そこから、山道というより崖道を木の手すりを伝わりながら、息を切らせて、5,6分上る。するとCave1,Cave2・・二つに分かれている。「え、2つもあるの・・聞いてない」と思いつつまず1から。そっちはまだ普通で穴もそこそこ深く天上も高く山の中腹にぽっかり口を開けている。

さて、2はそこからさらに数十メートルの山登り、はしごを登り、手すりを伝いながら進むと入口は、岩が崩れて大人一人がやっと通れるような入口だ。この時点で8時半を回っていた。大したことはないだろうと入りだし、進むとなかなか行き止まりがない。しかも平地だけでなく岩を超えたり下りたり・・まがりくねったり・・・

体感で100メートルほど進んだだろうか、奥を照らすとまだまだ続いているようだ。灯りを消してみた。ほかに誰もいない、異国の山奥の村の山中の穴の中で大声を出して叫んでみた。「おーい!」耳を澄ます・・何にも聞こえないはずなのにいろんな音がする。耳鳴りかな・・・デジャブーという言葉が脳裏に浮かぶ。

*声出して 世界の果ての 洞窟で 我叫ぶ時 わが声返る
 
昔もあったな。あれはエジプトのピラミッドだった。ギザのピラミッドでは湿気に懲りて2個目の郊外のピラミッドには誰も入ろうとしなかった。自分ひとり、その中を下りて行って確かいくつかの角を曲がったのだ。そのピラミッドはあいにく照明が故障していた。

そこで迷子になった。真っ暗な闇の中にひとり残されて、もし出られなかったらミイラ取りがミイラになってしまうってこのことか。一瞬のことだったかもしれないし、長い時間のようにも思えたピラミッドの中での恐怖体験はその後、自分中に滓のように沈んでいて時折浮かんでくる。

もし今 地震がきて洞窟の入口が塞がれてしまったら、あの爺さんは助けを呼んで来てくれるだろうか。誰もいない暗闇にひとり残され、あがいている姿を想像するだけで恐怖心がよみがえってくる。すこし怖くなったことと時間が気になってあわてて出口に向かう事とした。


Cave2を出るとまた手作り看板が目に入り「この上、ビューポイント」の矢印。この時点で8時40分、宿に帰り荷物を取って船着き場まで約30分、20分の余裕がある。誘惑に駆られて「登ろう!また来られないのだから」この時の心境はきっと登山家に近いものだったろう。

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*行くべきか 戻るべきかは 幾たびも 人生航路に 付きまといしか

上に行くほどに更に急こう配となりはしごを登ったり、岩を手摺につかまりながら登ったり・・ようやく峰の稜線にでても下界の景色は見えぬ。あきらめて踵を返したその時だ。岩場に足を滑らし体が宙に舞う、カメラを持った左手をかばって右から落ちたその先の尖った岩におもいきり激突・・・

「やってしまった!」右手は親指の付け根がぱっくり割れて鮮血が飛び散る。幸いほかに異状はなさそうだ。持っていたタオルを傷口に巻いて元来た道を一目散、とはいえ不自由な手で手すりを持つのも一苦労。が、9時半の船に乗らないと今日中にこの村を出ることはできない。
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「爺さん ナム、ナム(水)・・」ペットボトルの水をもらいとりあえず水洗いしてGHに急ぐ。

*汗かいて パジャマであわてる ニープンを 村の爺は いかに思いし

                             (つづく)
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by czb12447 | 2011-05-27 15:08 | 旅行・観光

ノンキャオ~ムアンゴイ メコン、ナムウーを上る①

ルアンプラバンから各ゲストハウスを回ってノンキアオまで送ってくれるミニバスが約3時間で75,000K(750円)、フランス人と二人の日本人を乗せて9名で出発。地元の人はもっとぼろいバスを使い35,000Kで行くようだ。
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広島から来た自営業の青年と乗り合わせたので道中いい話し相手になった。彼は毎年1月位世界中を回っている優雅なバックパッカーくん。ノンキアオに泊まるのでランチをして別れる。

ここから先が船でしか行けない現代の秘境、ムアンゴイ・・・食堂の親父は1時と2時に船があるよというのであわてて船着き場に行ってみれば今日は2時半だという。ややシーズンオフになりかけて便数も減っているらしい。
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初めて乗るラオスの船はめちゃめちゃ効率がいい。狭い船の両端に荷物を載せて中央に向かい合わせで20人は乗せる。乗ってしまえば膝を抱えて身動きできない状態。船主には効率がいいわけです。人が増えれば荷物を重ねて詰めて座るだけ。

*青山は 幾重も峨峨たり 混濁の ナムウー川に 影を落として

ノンキャオは田舎に似合わない高い橋が両岸を結び、対岸にはいくつかのゲストハウスが川を見下ろして建っている。その川では小船に子供が水面をたたく漁をしたり、泳いだりしている。

橋の下から出発した船は緩やかな水面を滑るように上って行く。途中次々と変わる桂林のような山々に見とれたり、角だけ出した水牛の群れ、子供たちの水遊びを眺めながら人工的なものがほとんどない一時間の船旅は飽きることがない。
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結構遅れて2時45分頃出発した船がムアンゴイについたのは4時になっていた。上りは余計かかる、帰りは50分くらいだった。
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降りると数人のゲストハウスの呼び込みが声をかけてきたが、ガイドブックで目星を付けていた一泊1000円の一番高いGHに向かう。だが、そこは景色がよくないのでやめて、たった200メートルのメインストリートをぶらついていると太ったおばちゃんが「宿をお探しかい?うちのバンガローに来ないかね」と誘われ付いていくとリバービュー・バンガローだった。GBでは一番安い一泊400円のGHではないか。

「OK!ここに泊まろう。」「鍵は付いているよ。」後は適当にという感じの宿だ。受け付けもなければ記帳もなんにもない。しかし、ベランダにハンモックが吊ってあって、部屋から川と対岸山が水墨画のように美しい。

早速、荷物を放り出して目的の洞窟に直行・・・これが後悔のはじまりではあったが。懐中電灯とタオル、カメラだけをリュックに入れて徒歩30分の洞窟に向かう。通常30分ところは20分で行く自信があるのですたすた歩いてガイドブック通りの洞窟に向かう。

タム・クワーン洞窟とタム・パーケオ洞窟の二つは隣り合わせで竹の橋で結ばれている。入口で10,000K払い夕暮れで誰もいない洞窟に入る。手前のタム・クワーンは膝くらいの澄んだ水があり、ジャブジャブと。あっけないほど狭くすぐ見終わり、次へ。隣の洞窟へ・・こちらもこれで終わりというほど浅いもの・・ついついもっと奥にもあるのではないかとどんどんいってしまったことが一つ目の失敗。
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後悔先に立たず・・雨期の気候変化や変わり易い山の天気に気をつけるべきだった。そのまま帰れば合わなかったものをホントに急に夕立がやってきて、しかも風交じりのため、見る間にびしょ濡れとなった。

*カウベルを 鳴らして急ぐ 牛の群れ 夕立の中 牛飼いもなく
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しかし、しかし宿にもどるころにはもう雨もあがり近くに屹立する尖った山が雲に覆われ、水墨画の世界を一瞬見せてくれたことが苦労した自分への大自然のサービスだった。

ムアンゴイの夜は聞きしに勝る暗いもの。レストランなのに電気のついている店はわずか。自家発電のため最小限の電気しか点けないので道には家からもれるわずかな光だけ。


暗いままの家並みはたいてい家の中が丸見えで、テレビを見ている家が多い。中国ドラマが流行っているようだった。比較的明るいレストランは3,4軒、その辺で食事をして部屋に戻れば何もすることがない。携帯繋がらず、もちろんwifiなく、しばらくハンモックで川の蛍の早い点滅を見ていたが、疲れていたので8時には蚊帳に入って寝てしまった。お隣の外国人はランプのもとでぼそぼそ遅くまで話し声が聞こえていた。

*空の星 岸辺の蛍 光るのみ ムアンゴイの 夜が更ければ                                    つづく
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by czb12447 | 2011-05-26 01:28 | 旅行・観光

チェンマイに任国外旅行

シニア海外ボランティアには年に20日間任国外へ旅行、してもいいことになっている。一か月前に旅行計画を出すことと、派遣先のサインをもらうことが条件になっており、かなり早く計画しておかないとならない。

着任してから3か月は任地の外に行けない決まりもあるので、この4か月ビエンチャン以外の都市には行っていないことになる。ビエンチャンには2月7日までいたのと4月8日に残りの予防注射を射ちに行ったことで二度滞在したことになるが、ラオスを離れるのは今回が初めて。

2泊3日でチェンマイにいってきたが、これで3日消化するというので、短い旅になってしまい、まったくあわダダしい旅になったのはラオス的でない。

ルアンプラバンからは直行便があり、1時間で行ける。予定の10分前に飛び立って2時前にはついてしまった。予定より早く飛んだ飛行機初めてだ。

ルアンプラバンから行くとタイの第二の都市、チェンマイは大都会に見える。日本のような大きなショッピングモールもあるし、日本食材も豊富・・・刺身が食べたくて飛び込んだ日本食の「だるま食堂」では親父さんと話が盛り上がり、日本食材店まで送っていただいた。

納豆や豆腐、醤油や麺類まで買い込んだが、ほんとビエンチャンにもないのだからタイは私たちの好む食料豊富だ。

ナイトマーケットやサンデーマーケットなんかもルアンプラバンの数十倍はあろうかとう規模、まさにお土産やさんでズボンや帽子を買いこむありさま。 おかげで初日で目的の一つ日本食材の買い出しはほぼ完了した。

2日目はチェンマイには日本のような温泉があると聞いていたので、次の目的サンカンペーン温泉に向かう。ルアンプラバンの家にはバスタブがないのでゆっくりお湯に浸かるとという事が出来ない。
それもあって少し中心から離れている温泉にはツアー会社の半日コースを予約しておいた。

8時半にピックアップし、日本語通訳と10人乗りの車に二人で贅沢に乗り込む。温泉まで50分かかるというし、12時にホテル送りでは正味2時間しかない。それに洞窟見学もアいるので温泉の時間短すぎるというと1時間サービスしてくれて、温泉に2時間取ることとした。

先に洞窟を回ったがシーズンを過ぎた洞窟は静かで休み中の小学生2人が門番とガイドのアルバイトをしていて、小さな男の子の案内で50メートルくらいの地下まで下りたり上がったり・・・

温泉は公営でここの人たちの保養施設だ。いきなり間欠泉が2本吹き上げていて、といっても噴き出しっぱなしなので間欠泉とは言い難い。底から流れ出た温泉の川はどこでも足湯が出来るようになっている。水着を付けてはいる温泉プールもあるがここは一時間300Bの個室風呂に入る。豊富な湯量にのんびり浸かり、汗が止まらないほってった体を前庭のマッサージでほぐしてもらう。1時間200B。

帰りにポー・サーンという日傘の産地により、派手目の傘も購入、飛ばし気味に運転手が走ってくれたので欲張ったスケジュールをこなし街の大きなデパートに送ってもらう。(半日コース1150B×2)

夜はガイドブックで目を付けておいたオールド・チェンマイ・カルチャラル・センターでカントーク(宮廷)料理を食べながら民族舞踊を楽しむレストランに予約をして送迎してもらった。値段の割にはショーも短く、料理もさほど珍しいものではなかった。(520B×2)

3日目、残念ながら国立博物館は2日とも休館だったが、お寺の中のワットゲート博物館や市の芸術文化センターの展示が覗けてとても参考になった。邦人が3千人以上住むと聞くが、気候もよく食べ物も美味しいのでなるほどとうなづける。

まだまだこの地で有名なカオソーイも食べ損ねたし、街を見下ろすワット・プラタート・ステープも行けなかった。近いことだし日を変えてまた来ようと思って帰路についた。
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by czb12447 | 2011-04-30 11:31 | 旅行・観光

ラオス・ルアンパバーンの暮らしと国立博物館をレポート


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